ペルーアマゾンでの冒険

なまず博士 松坂實氏を追って~ペルーアマゾンまで
ナマズ博士としてテレビ、雑誌、熱帯魚マニアに有名な松坂實氏が「第8回だいじょうぶだアマゾン探検隊ツアーでペルーのイキートス市に立ち寄る」と池袋で開催中のアマゾン展で本人から聞いたのを思い出し、私もちょうどその時にペルーのリマ市に仕事で行く予定だったので、ちょっと足をのばしイキートスに行って松坂氏と再会する計画を立てた。

イキートス行き

日本からアメリカン航空、ダラス経由で約24時間かかってやっとリマのホルヘチャベス空港に到着。アメリカのテロの直後だったため飛行機はガラガラ、身体と荷物チェックは異常に厳しかった。身体はずっとシートに座っていたためヘトヘトだ。
 友人のキケに迎えに来てもらい彼の家まで向かう、家に到着したのがAM 1:00 そうしたら家の前で彼の従兄弟が誕生日パーティーを開いたためそこでビールを飲んでペルー料理を食べ結局朝になってしまった。
 イキートス行きの飛行機はAM11:00発なのでとりあえず3時間程仮眠をとり、またまた空港に向かうリマからイキートスまでは、アエロ・コンチネンテ航空で1時間30分。いつものことながらアンデス山脈を越えたプカルパ付近での乱気流による飛行機の揺れには、手に汗握る思いだ。

オオカブトを見つけに南米へ~

ヘラクレス・オオカブトを見つけに南米へ
友人で昆虫問屋を営んでいるT氏から「南米のカブトムシ輸入できない?」と言われ昆虫好きの私は、インターネットで情報収集する。なんと南米には子供のころ昆虫図鑑の写真を見てスゴイスゴイと感激していた「世界最長のヘラクレス・オオカブト、世界最重量のゾウ・カブトムシ、ネプチューン・オオカブト、パン・カブトムシ、その他...」が棲息しているではないか、そしてこれらのカブトムシが日本では1999年11月に植物防疫法が改正されて輸入ができることになっていた。  早速私は、ペルーの知人に問い合わせをすると「ペルーにもこれらのカブトムシが棲息していて、まだ図鑑にも紹介されたことのないカブトムシ、クワガタムシ等もいる」と連絡が入った。

ペルー国農林省天然資源局で情報収集

リマのサンイシドロ地区にある農林省 天然資源局を訪ねると、そこには日系ペルー人のリカルド・タマキ氏が働いている。彼には日本にいるときから訪問する趣旨を伝えていたため訪問時には快く迎えてくれた。タマキ氏はワシントン条約規制対象動物の密猟、密輸出を監視している重要な職についている。  ペルーでの各々のカブトムシの棲息地の情報を教えてもらい、密輸業者が空港で没収されたカブトムシの剥製を見せてもらい写真をとる。 さあこれらをもとにイキートスへ出発だ!


ペルーに棲息するカブトムシ達


ペルーに棲息するその他の虫達


リマからイキートスへ

ペルー国内線タンズ航空に搭乗。6,000m超のアンデスの山群を見下ろしながら飛行機はプカルパ経由でイキートス国際空港へ到着した。


カブト採取人ラミーレス

イキートスは世界各国に観賞用熱帯魚を輸出している業者(詳しくは”イキートスの熱帯魚シッパーの記事”参照)が多数いるため熱帯魚を捕る漁師はたくさんいる。
しかし、カブトムシを採取する人間の話しは聞いた事がない。早速聞き込み調査を開始した。イキートスの友人、タクシーの運転手、ホテルの従業員、アマゾン研究所の所長、レストランのウエイター、旅行会社の人間、民芸品の売子、バーで隣に座った人等ありとあらゆる人に声をかけ、やっとひとりの人間を探しあてた。
 彼の名前はラミーレス、すぐに連絡をとり彼の家までモトタクシーで向かった。そこで私は採取してきたばかりの生きたアクタエオン・ゾウカブトムシを見ることができた。さすが世界最重量だけあってデカイ。サトウキビの汁を飲んでいるところに手を出すとものすごい勢いで攻撃してくる。とてもつかめたものではない。
 私は彼からカブトムシがどんなところに棲息していて、どのように採取するかを聞き出した


ペルーでのカブトムシ棲息地

ヘラクレス・オオカブトムシ
 エクアドルとの国境地帯コリエンテ川、ティグレ川一帯ペルーの友人がいままでにいないと言われていたペルー中部アマゾン地帯でも捕獲に成功した。
ネプチューン・オオカブトムシ
 エクアドルとの国境地帯マクサリ川から西に向かっての一帯
マルス・ゾウカブトムシ
 コロンビア国境地帯ナポ川一帯


日本への輸出

平成14年現在のところカブトムシの国外輸出は、ペルーの法律で禁止されていますが、繁殖させたものであれば輸出証明書とともに輸出は可能となっています。
 毎年、カブトムシをカバンに隠して国外に持ち出そうとする日本人がリマの空港で捕まっては新聞の記事に書かれています。もちろんカブトは没収され、名前を公開され、この人は二度とペルーに入国できないと言われています。


リマの標本製造業者

リマ市でカブト、蝶、タランチュラ等の標本を作っている会社があったので見学させてもらった。それにしてもすごい数だと思いません?

ペルー不思議紀行を書くにあたって

1990年7月に初めてペルーに行った時は、日系人としてフジモリ大統領が初当選した時だった。 この時はセンデロ・ルミノソというテロ集団が街のあちこちで爆弾を仕掛け爆破させたり、送電線を破壊して停電をひき起こしたりしている。  貧困区ではコレラが蔓延し魚介類、野菜は、レストランでも出すのを控えていた。夜間は外出禁止令が出され空港などに行くときも検問所ごとに身分証明書を提出しチェックを受けなければならなかった。その時から年に2~3回ペルーを訪れているが、フジモリ政権の重要政策としてテロの撲滅、インフレ対策が効を制し、現在はテロも僅かに残る程度でインフレも落ち着いている。この間普通観光ツアーでは行かないようなペルー各地に行きたくさんの体験をしてきた。この内容を皆様に読んでもらい楽しんで頂ければと思い「ペルー不思議紀行」書く事にしました。これからも知られざるペルーについて現地を旅し記事を掲載していきますのでお楽しみに.....